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あやしく意味不明のダークファンタジー&SF。 一応健全(?)

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もはや短歌ではないのでしょうか?

まあいいや…いっけー

真上の太陽に刻まれた翳…水としての肌の冷たさである道の上にきみ
腕と背と腐葉のうちにたたえられた水の透明の、抱擁である午前10時
方形の場所の全ての壁は内側に傾き光の、柔らかく拒むそのような過去
ぼくたちの真上にのばす腕みなそこに揺れている失われた森の木の光
魚である群れの不可視ただ音のみ舗道に近くなる跫音と猫である冬



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テーマ:短歌 - ジャンル:小説・文学

  1. 2007/11/27(火) 11:52:52|
  2. 交感神経日記
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アウトフォーカスの謎

ある展覧会で、展示されていたカメラ及び、それによる写真について、どこか不思議な印象がありました
その印象について、道を歩きながら考えていたのですが、LV14はありそうな日中の公園、カメラのペンタックスSPの最高シャッター速度を使ったとしても1/1000でFは4(ASA400を使っていたとして)
距離は6m以上あるように思える写真でしたから、多少のことではピントを外すわけはないんです
まして、正統なカメラマニアが撮した写真
いまで言うと、D300を手に入れているようなかたのはず


なにかの意図があったのではないでしょうか
捨象?光像の分散による環境光との融合?外光の浸透浸食?
意図を尋ねて見たい気もするのですが、そのカメラを手にした人は、この世界から別の世界に旅立っています
  1. 2007/11/26(月) 16:54:25|
  2. 交感神経日記
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懷沙

滔滔孟夏兮,草木莽莽。
傷懷永哀兮,汨徂南土。
眴兮杳杳,孔靜幽默。
鬱結紆軫兮,離愍而長鞠。
撫情效志兮,冤屈而自抑。
刓方以為圜兮,常度未替。
易初本迪兮,君子所鄙。
章畫志墨兮,前圖未改。
内厚質正兮,大人所盛。
巧倕不斲兮,孰察其撥正。
玄文處幽兮,矇瞍謂之不章;
離婁微睇兮,瞽以為無明。
變白以為兮,倒上以為下。
鳳皇在笯兮,雞鶩翔舞。
同糅玉石兮,一概而相量。
夫惟黨人鄙固兮,羌不知餘之所臧。
任重載盛兮,陷滯而不濟。
懷瑾握瑜兮,窮不知所示。
邑犬之群吠兮,吠所怪也。
非俊疑傑兮,固庸態也。
文質疏內兮,眾不知餘之異採。
材樸委積兮,莫知餘之所有。
重仁襲義兮,謹厚以為豐。
重華不可牾兮,孰知餘之從容!
古固有不並兮,豈知其何故?
湯禹久遠兮,邈而不可慕。
懲違改忿兮,抑心而自彊。
離湣而不遷兮,願志之有像。
進路北次兮,日昧昧其將暮。
舒憂娛哀兮,限之以大故。
  1. 2007/11/21(水) 15:43:19|
  2. 交感神経日記
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leave out

Leave out
wuthout any words
Lie down
without any clothes
rain,snow,the grey cloud over you
pain,sorrow,the cold mist cover me
Anything we can't see,but we hear the sound of water
Run nearby , no, inside of you,inside of me
Water runs and The winds are riding
Without any closes till
the end of the world

テーマ:物書きのひとりごと - ジャンル:小説・文学

  1. 2007/11/20(火) 16:42:14|
  2. 交感神経日記
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記憶

まだ中学生の頃 伯父の海辺の家に遊びに行き、そこに来ていた親の元上司(特別高等科にいた時期がある)との会話に、耳を峙てていたことを思い出しました

1930年前後はハイデガーの思想転換がトピックで、尋問の議論のテーマにしばしばなったのだとか
(思想のきちんとした容疑者と話をするのは楽しかったそうです…とくに転向は肉体的な脅迫によるものばかりではなく、調査官に論破されての転向も多かったとか)

その(説得のための)ツールとして、ハイデガーは非常に役にたった

ということでした

うーん

何処が説得のためのツールとして有用だったのだろう

機能としての国家 
という箇所でしょうか

テーマ:物書きのひとりごと - ジャンル:小説・文学

  1. 2007/11/17(土) 11:23:23|
  2. 交感神経日記
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楚辞 漁父

楚辞 漁父

屈原(くつげん)すでに放(はな)たれて、江潭(こうたん)に遊び、ゆくゆく沢畔(たくはん)に吟(ぎん)ず。顔色(がんしょく)憔悴(しょうすい)し、形容(けいよう)枯槁(ここう)す。漁父(ぎょほ)見てこれに問いて曰く、子(し)は三閭大夫(さんりょたいふ)にあらずや。なんのゆえにここに至(いた)るや、と。
屈原曰(いわ)く、世を挙(あ)げてみな濁(にご)り、われひとり清(す)めり。
衆人(しゅうじん)みな酔(よ)い、われひとり醒(さ)めたり。ここをもって放(はな)たる、と。
漁父(ぎょほ)曰く、聖人(せいじん)は物に凝滞(ぎょうたい)せずして、よく世(よ)と推移(すいい)す。
世人(せじん)みな濁(にご)らば、なんぞその泥(どろ)を濁(にご)してその波を揚(あ)げざる。
衆人(しゅうじん)みな酔(よ)わば、なんぞその糟(かす)を餔(くら)いてその粕(り)を啜(すす)らざる。
なんのゆえに深く思い高く挙(あが)りて、みずから放(はな)たれしむるをなす、と。
屈原曰く、われこれを聞く、
あらたに沐(もく)する者はかならず冠(かんむり)を弾(はじ)き、あらたに浴(よく)する者はかならず衣(ころも)を振(ふる)う、と。
いずくんぞよく身(み)の察察(さっさつ)たるをもって、物のもんもんたる者を受けんや
むしろ湘流(しょうりゅう)に赴(おもむ)きて、江魚(こうぎょ)の腹中(ふくちゅう)に葬(ほうむ)らるるとも、 いずくんぞよく皓皓(こうこう)の白(はく)をもってして、世俗(せぞく)の塵埃(じんあい)を蒙(こうむ)むらんや、と。
漁父莞爾(かんじ)として笑い、(えい)を鼓(こ)して去り、すなわち歌って曰く、
滄浪(そうろう)の水清(す)まば、もってわが纓(えい)を濯(あら)うべく、
滄浪(そうろう)の水濁(にご)らば、もってわが足を濯(あら)うべし、と。
ついに去って、またともに言わず。

テーマ:物書きのひとりごと - ジャンル:小説・文学

  1. 2007/11/11(日) 21:41:17|
  2. 交感神経日記
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情動

情動によって存在非存在を超えること
死の回答不能性は、そこに解を見出せない種類の「不安」であると同時にここにはない(彼岸にある)非存在を、わたしのうちに語り得るということ

不定解は、領域表示の機能は果たし得る…ということ「わからない…けれどもそこにある(あるいはない)」というような形でわたしのうちに語り得るということ

悪なき罪…というものが規定可能か?
力の不公正な行使を「悪」と呼ぶとすれば、力の不公正な(知りえぬこと、も含めての)不行使も「悪」と呼べる
それを拡張すれば、力無きところに「悪」はないとして、「無力の罪」というのは成立するのだろうか
「それを知り、なお為しえなかったこと」の罪
それを置換すれば「悪を悪として引きうけなかった…罪を回避したことの罪」というのも成立するのだろうか
(具体例を構築しておくこと)


;日本語の論理構築上の弱点として論理階層の異なる語が、同一平面に(ひとつの流れのなかに)並べられてしまい、その論理階層の違いを、冠詞や語形変化の違いとして表示しえない…というところにもある
;欧文の思考の翻訳を追うとき、そこに注意しておくこと(欧文のほうが理解しやすいこともあるのはそのため)

テーマ:物書きのひとりごと - ジャンル:小説・文学

  1. 2007/11/08(木) 02:21:38|
  2. 交感神経日記
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「反復」の反復

キルケゴールを集中して読む機会がありほぼ一週間で
「哲学的断片」「現代の批判」「不安の概念」「死に至る病」「誘惑者の日記」「畏れと戦き」「反復」ほかにWeb上に公開されている英文訳のものを数種類

ついつい、文章の魔力に取り憑かれてしまうのと、論理の形成層が複数あって、その関連が見えにくい事もあり結局すべて3回以上読み返しました

キルケゴールの欠陥とはいわないまでもの基底構造は「矜持」と「悪にはいたらない偽悪(自身へのエクスキューズを保留しているという意味で)」に依っていて、おそらく「罪を共有するものとしての他者」を欠いています
キルケゴールの悲痛も悲劇も、そこに胚胎しているように思えるのです

ぼくたちは皆…罪人であること…を避けられないのですが、そこに「救いあうこと」の可能性も見いだせるはずなのです


P1010006.jpg

  1. 2007/11/07(水) 16:04:35|
  2. 交感神経日記
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ヘラクレイトス・ヘラクレイトス

目覚めたもの(たち)には唯一の共通のコスモスが存在するが、眠るものはみなひとりひとりの(自分だけの)穴に落ちこんでいる

「Zoo駅の子供たち」という映画がありましたね…麻薬をつかう子供たちの映画

ギリシア的憂愁とは…

  1. 2007/11/07(水) 00:29:50|
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光による失透

「まったく余計なこと、としての主体」

(ギブソンのすごいところは)われわれがたいていは許しているそういった観念論的留保をまったく許していないところである.かれが言っているのは、生物が環境の中に見いだす「意味」とは、実は環境のなかに実在している「アフォーダンス」がピックアップされたものに過ぎない、ということである
そこからすると、「意味」の世界を説明するためにわざわざ意識的な主体をもちだす近代哲学の方法は、まったく余計なこと、ということになる

(吉岡洋さん「思想の現在形」p189)

晴れた日の陽ざしの強さの、乾いている大気にもかかわらず、淡い懸濁を感じるときがあってそれは複数の反射面の、白に近いあかるさのなかに向かいあうような場所に感じられるようなのです

たとえば軽井沢のセゾン美術館のゆるやかなスロープとか

もし、澄み渡った泉がそこにあり、晴れた青い空から木の葉が落ち、静かに沈んでゆくとしたらその澄みわたった水は、光のためにかすかに霞むのだろうか
失透のように
恩寵は不意に失われ、また不意に与えられる
冬がすぎ、初夏の緑である木洩れ陽にその落ち葉がふたたび緑にそまるときのように
  1. 2007/11/04(日) 10:05:31|
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