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あやしく意味不明のダークファンタジー&SF。 一応健全(?)

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論語 為政編 その15

子曰:“學而不思則罔,思而不學則殆

しいわく まなびておもわざればすなわちくらく おもいてまなばざればすなわちあやうし

思考と知識は両輪のように欠くことができず、それなしでは明晰を欠いたり 偏狭な隘路にまよってしまう というような大意ですが

罔は 隠れてよく見えないこと
殆は 不安である

集注がまたわからないことを…でも真理をついています

不求諸心,故昏而無得。不習其事,故危而不安。程子曰:“博學、審問、慎思、明辨、篤行五者,廢其一,非學也

もろもろのこころをもとめずば くらきゆえにえるなく そのことをならわずば あやうきによりてふあんなり ていしいわく ひろくまなび つまびらかにとい つつしみておもい あきらかにべんじ あつくおこなう いつつなるもの そのいつもはいさば がくにあらざるなり



ちょっとカントの言葉を思い出してみましょう


われより哲学を学ぶべきにあらず、哲学することを学べ

とか

内容のない思想は空虚で、概念のない直観は盲目である
これ、こうも言い換えてみましょう

実体に根拠をもたない思考思想は空虚で 概念化一般化をされる可能性のない直感判断は盲目に等しい

英訳
The Master said, "Learning without thought is labor lost; thought without learning is perilous

うーん 異議あり(笑)ていうか これじゃだめです英訳


中国語訳も逝っちゃってます

孔子?:“讀書不想事,越學越糊塗;想事不讀書,越想越頭痛

学べば学ぶほど上塗りを重ねるだけだし
思えば思うほど頭痛がする とは…

ドイツ語訳

Der Meister sprach: ≫Lernen und nicht denken ist nichtig. Denken und nicht lernen ist ermudend

こっちも簡明ですが、原文のニュアンスは消えてしまっていますね 

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  1. 2010/09/28(火) 11:53:19|
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論語 為政篇 その14

子曰:“君子周而不比,小人比而不周
しいわく くんしはしゅうしてひせず しょうじんはひしてしゅうせず

大意

君子は偏らず包容力があり 小人は偏派して党派的に対立点を見つけようとする

ちょっと集注を見てみます

周,普遍也。比,偏黨也。皆與人親厚之意,但周公而比私耳。君子小人所為不同,如陰陽晝夜,毎毎相反。然究其所以分,則在公私之際,毫釐之差耳。故聖人於周比、和同、驕泰之屬,常對舉而互言之,欲學者察乎兩,而審其取舍之幾也

周 普遍なり 比 偏党なり 皆それ人の親厚の意なるも けだし周は公にして比は私なるのみ 君子と小人の為すところ同じからず 陰陽昼夜のごとくして 毎毎に相反す しこうして其のもとむる所以を分かたば すなわち公私の際にあり 毫厘の差のみ。故に聖人における周と比と 和同 驕泰の属なり 常に対挙して互いに之を言う 学ばんと欲するものはもろもろの間を察して しかして其の取捨の幾をつまびらかにするなり

うーん…
周と比とは親厚としては類似概念であり、その差異は少ないが 公私という立ち位置が本質の差を対立的なものにしている ということでしょうか

たとえば

周 全体性の中で抱握的、相互包摂的に思考する
比 対立点を顕在化させて、分節的、相互排除的に思考する

としてみると、ちょっと面白いとおもうのですが、比には照応あるいは違う座標からの相互照射という面もあるのでちょっと違うか(詩経六義の「比」を思い出してください)

聖人は浩瀚な度量をもち、小人のそれは偏狭である としてみます

英訳

The Master said, "The superior man is catholic and not partisan. The mean man is partisan and not catholic

この解釈で妥当でしょう

中国語訳

孔子説:“君子團結群衆而不拉班結派,小人拉 班結派而不團結群衆

ドイツ語訳

Der Edle ist vollkommen und nicht engherzig. Der Gemeine ist engherzig und nicht vollkommen


それにつけても 現在の中国政府をもつ国家は 見事なまでに「小人」国家に成り下がりましたな
そこに暮らす人々の罪ではないにしても
  1. 2010/09/24(金) 05:14:23|
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論語 為政篇 その13

子貢問君子。子曰。先行。其言而後從之

しこうくんしをとう しいわく まずおこないなり そのげんはしかしてのちにこれにしたがう

これいろいろな訓読が可能で

先行は まずおこなえ とも おこないをさきんぜよ とも読めます

すこし分析してみますと「其言而後從之」の之 は「行い」 とすればそれは「言」に対応します。統合すれば「言行」ですよね。この場合の「言」とはなにか。発言ということでしょう。そして「先」があり「後」がある。不言実行をして、言葉はそのあとに、という意味で全体をとらえてといと思います

ところで、こちらはこう区切ってよむほうがよいかと思うのです

子貢問君子。子曰:“先行其言,而後從之

訓読すれば
しこうくんしをとう しいわく そのげんにさきんじておこない しかしてのちこれはしたがう

こっちのほうがわかりやすくありませんか

その場合の大意は

子貢が君子とはどのようなものか尋ねた 孔子は言った 「なにか言挙げする前に行動して 自分の行為について語るのはあとにするものだ」

ここで孔子は何を言いたかったのか。実行できる保証のない浮薄な言動を慎め ということでしょう

英訳

Zi Gong asked what constituted the superior man. The Master said, "He acts before he speaks, and afterwards speaks according to his actions."

中国語訳

子貢問君子,孔子説:“先將要説的做出來,然後再説

ドイツ語

Dsi Gung fragte nach dem (Wesen des) Edlen. Der Meister sprach: ≫Erst handeln und dann mit seinen Worten sich danach richten.

これは「先んじて行え」の取り方ですね

  1. 2010/09/17(金) 05:32:54|
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論語 為政篇 その12

子曰:“君子不器。
しいわく くんしはうつわならず

この器ってなにさ?なのですが、さて?

朱子の四書集注(ししょしっちゅう) 見てみましょうか すべて頼るのには問題があるけれども

”器者,各適其用而不能相通。成之士,體無不具,故用無不周,非特為一才一藝而已

うつわなるものは おのおのそのようにかないてあいつうずるあたわず せいとくのしは たいにそなわざるなし ゆえにもちいてあまねからざるなし いちさいいちげいをひとり(ひとつ)なすのみにあらざるなり

うーん

これにしたがうと 大意は

君子は、ひとつの用途にだけ用いられるような特化した存在であってはいけない 

ということになるのですが

器具 の器 という意味にとっているかなあ

こっち、次のような大意をとっておきます

君子は 際限のない受容力を持つべきである 一つの器のように用途容量に限定限界があってはならない

ちなみに四術 という言葉がありましょう
詩・書・礼・学 の四つですが君子の備え実行するべき教養。詩や礼が含まれていることに注目

英訳は

The Master said, "The accomplished scholar is not a utensil

集注をとっていますね

現代中国語訳

孔子説:“君子不能象器皿一樣,祇有一種用途


ドイツ語
Der Meister sprach: ≫Der Edle ist kein Gerat
  1. 2010/09/15(水) 02:40:44|
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故きを温めて その1

具象描写への展開が精緻化がおこなわれてゆくとき…その展開の極限値としては、それに対応する事象と等しい情報量を持ちうる…としてみると、言語による認識は、ぼくたちの記述する世界認識に等しいけれど、ぼくたちの身体の持つ感覚、その捉える情報量はつねに言語によって再認識されたそれの情報量を上回る。ならば、その上回るものをどう記述するのか。それは否定辞による論理…~ではない という形での空隙の指示 あるいは ひとつの言葉が 互いに同じではない多事象を指し示すことが出来、象徴として働くこともできる、ということでしょうか

ファイルから再録

なぜか雨の気配です

思考に、どこか空亡した窓…窓というには大きすぎるものがひらいていて、そこを風が吹きぬけてゆくのでした.音の聞こえない風が…というより、思考空間は無音の空間なのですが

結晶体で構成された思考空間は、長い結晶と結晶が柱のようにつながった建築物のようで、でも壁はなくて、思惟というひかりは、その結晶の柱のなかを走りすぎゆききするだけなのかもしれません

それでも、言葉に託された光は、一種の気圏をともなって、そのひかりの弱くおだやかな漂いをその思考構造の内側と周囲に広げてゆきます

それは「思考の雰囲気」あるいは「思考のニュアンス」というべきやわらかな…いいかえれば曖昧でもあるなにかです

でも、テキスト化されない領域への…思考不可能領域への思考の漸近は、ひとつのくりかえし…舞い降りてくるイメージ…想念像を反射鏡あるいは歪むプリズムとして…実体でもある思考の核としてあるいは種子としておこなわなければならないようにも思えるのです

認識は…すべてではないにしても、事象の想念像としてたちあがってきます.ここで言い添えておけば、認識と識別はかさなりあいながら別の領域のものであって、言語はしばしば識別領域にとどまってしまいます

言語の伴う、あるいは揺曳する気圏を重ね合わせ、反響重層あるいは相互照射させてゆくことで、ぼくたちははじめて認識に…抱握的認識に漸近してゆけるのです

再構築は「言語の伴う、あるいは揺曳する気圏」の再確認という知覚によって注意深く行われるべきで、それだけに、思惟の静謐と再結晶の時間…が必要なのかもしれません

時間のかかることもあるのです

あきらめずにがんばりましょう.思考と認識は持久戦でもあるのですから
  1. 2010/09/12(日) 08:03:26|
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論語 為政篇 その11

子曰:“温故而知新,可以為師矣。"
しいわく ふるきをあたためてあたらしきをしる もってしたるべし

これは中国語訳の解釈で順当でしょうか

大意 

兼ねて持っている知識やテキスト情報を何度もくりかえし考えることによって 新たな位相を発見し展開させてゆくことができたら、ひとの師となることができるだろうか

師って何? ですね
師匠一般としてよいかと
レヴィナスの師匠のような 博覧強記ももちろんですが、思考の同行者と呼ぶべき存在が師です
師は歩み続け、新しい領域を切り開かなくてはならない。師に停滞は許されない。その意味で、ダイアローグによって触発しあうのが師弟の関係なのかもしれません

現代中国語訳
孔子説:“温習舊知識時,能有新收穫,就可以做老師了。”

英訳
Wei Zheng: The Master said, "If a man keeps cherishing his old knowledge, so as continually to be acquiring new, he may be a teacher of others

ドイツ語訳

Der Meister sprach: ≫Das Alte uben und das Neue kennen: dann kann man als Lehrer gelten.≪


  1. 2010/09/12(日) 07:34:20|
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論語 為政篇 その10

子曰。視其所以。觀其所由。察其所安。人焉廋哉。人焉廋哉。

しいわく そのもってするところをみ そのもってよるところをかんがみ そのもってやすんずるところをさっすれば ひといずくんぞかくさんや ひといずくんぞかくさんや

大意
孔子は言った その行為を視 その行為の基本原則あるいは動因を観察し そのこころやすらぐことはなにかを推察すれば その人間の本質があきらかになるだろう

英訳がわかりやすいです

The Master said, "See what a man does. Mark his motives. Examine in what things he rests. How can a man conceal his character? How can a man conceal his character

人格の認識技術 というべきところなんですよね ここ

其の安んずるところを察すれば というの深いです

現代中国語訳のその箇所は浅いです。てきとー過ぎて意訳以前です

孔子說:“分析其動機,觀察其行動,瞭解其態度;人藏哪去?人藏哪去?”

ドイツ語訳

Der Meister sprach: »Sieh, was einer wirkt, schau, wovon er bestimmt wird, forsche, wo er Befriedigung findet: wie kann ein Mensch da entwischen? Wie kann ein Mensch da entwischen?«








  1. 2010/09/11(土) 08:14:01|
  2. 論語
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試作品 その1

夜鷹群れずに眠りあたたかく頬そしてかいな揺れながら あしは水辺に

夜光する夜空 褐色紫に墨を含み あかるみをとどめていた 雲を背負い空をゆく夜鷹たちの互いに近づかずに南にむかい 柳は昼ともよるともつかない川辺にその葉を揺らし 風はやわらかく よせるべき頬の白く見えた昔の、その場にとどまっている追憶 川はいまも流れて 焔が空を赤くしていたから 黒がひらひらと飛んで舞いあがる灼熱 柳はすべて燃え尽きてゆく だから 水辺の葦に倒れて冷たかったきみの肌に身体を添わせて背にまきあうその腕のしなやかな重さの、かすかに汗ばむとき、ふいに匂い立つ紅の玉虫色に渇いて


鉛の白熱帯の夏樹木香り鋭く降りそそぐあかるい水の高く

塗られてゆく亜鉛華の それはやはり虚無というべきもの その失われとしてのあるいは無力としての白に 壁を肌を 陰翳を奪い尽くす真白に塗られつつ香木である白檀の直立 倒れるまでの時間 倒れ苔に蔽われて埋もれてゆくまでの時間 ひとつの都市が滅びてゆくまでの時間 でも無限に圧縮されつつゼロにはなれなかった 永遠がついにはぼくたちのものではないように、けれども香り立つ夏の雨に染まるように 海の上の空 あかるみに奪われてゆく青あるいは光に奪われてゆく青 スコール 広場の乾いた土を歩いていたふたりに大粒の雨が落ち始めたから 鋭く匂いたつものがふたりを隔てるようにして 遠い森は見えていたけれど ぼくたちには街しかなかった どこまでも続き 同じ風景の繰り返しの回帰という永遠 牢獄にすらなれぬ牢獄のなかで生まれなければならないぼくたちの娘


舗道は水に満ちていくつもの月を映しているからきみを追うい猫

舗道を横切ってゆく猫のシルエットが深い群青を含む 猫の輪郭は街の多彩に色どられて 過ぎていった雨 冬 過ぎた夏 そして来ることのない夏の様々な光そして色 いまは吐く息も白く冷えて力尽きてゆく重たげにおおきなダチュラ 浅い川のように風が水にひたされた舗道を波立たせる街は暗くて 黒いコートに見をつつんで どこかはずむようにきみは歩いてゆくから水は乱れて月を いくつにも映し 求めていた霧も風もなくそのとき標本瓶のなかで眠るい髪の少女の目がゆっくりひらいて だから草からは露が滴らなければならなかった 冷たく…冷たいきみのなかの水に落ちてゆく蝶
  1. 2010/09/11(土) 07:53:35|
  2. 交感神経日記
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フランシーヌ人形

抜粋

それに似せた対象が人である人形とは、特殊な人形といえるのかもしれないのです
同質をそれぞれに…他者として…含みながら、その異質は先鋭するほかはなく

それが死者に似せた人形であるとしたら、その人形に願望として期待される不死性によって、その原型である人間の死を際立たせてしまう
その人形は逃れられない悲しみを宿命的に担うことになります

祖型である人間の痛みと、その人形の悲しみの連鎖…あるいは悲しみを背負うということ

もし死せる少女に似せたフランシーヌ人形を、その宿命の表象として造形するならば、錯綜する…対立的でさえある要素を…並存させる方途を探さなければならないのです

幸い、日本人であるわれわれは、造形の伝承のうちにその方途のひとつをすでに…先人の無限の追求によって得ているのではないでしょうか

フランシーヌ人形は、究極をふくむ…究極そのものは、もちろんいくつもの究極点をもつので…解はひとつではありませんが、至高解を解かなければならない造形となるでしょう


死を表現し、その死によってうしなわれた生を表現する
生命の華やかさを表現し、影のように忍びよる衰弱の蒼白を表現する
喜びの極みに、不意に転じてゆく悲しみを表現する

でも、不可能ではない…と思われるのは、それが無数のひとたちによって経験されてきたことだからなのかもしれません

その微笑にかなしみが満ちるとき、フランシーヌ人形はふたたびこの世界にあらわれるのではないでしょうか
  1. 2010/09/09(木) 02:11:54|
  2. 交感神経日記
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論語為政篇 その9

子曰。吾與回言。終日不違如愚。退而省其私。亦足以發。回也不愚

しいわく われとかいかたるに しゅうじつたがわずぐなるがごとし しりぞきてそのわたくしをかえりみるに またもってはっするにたる かいやぐならず

大意

顔回はわたしと話しているとき異議を差し挟まず諾々としているだけで愚かにもおもえるけれど、わたしのまえを退いてひとりで居るときの回の言動をみていると、私と話し合ったときのことがきちんと反映されている。回は愚かではない

英訳

The Master said, "I have talked with Hui for a whole day, and he has not made any objection to anything I said - as if he were stupid. He has retired, and I have examined his conduct when away from me, and found him able to illustrate my teachings. Hui! - He is not stupid."

現代中国語訳

孔子說:“我曾整天同顏回談話,他從不反駁,象笨人。後來觀察,發現他理解透徹、發揮自如,他不笨

ドイツ語訳

Der Meister sprach: »Ich redete mit Hui4 den ganzen Tag; der erwiderte nichts, wie ein Tor. Er zog sich zurück und ich beobachtete ihn beim Alleinsein, da war er imstande, (meine Lehren) zu entwickeln. Hui, der ist kein Tor
  1. 2010/09/06(月) 14:45:50|
  2. 論語
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冬の曲

winter1



winer2
  1. 2010/09/03(金) 20:04:39|
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