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あやしく意味不明のダークファンタジー&SF。 一応健全(?)

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砂のひと


砂のひと         



              ・・・・・・・わたしの時間は、流れない  「草の星」より


(1)                      


Rはバスを降りた。夏の陽射しの眩しさに、目を細める。続いた不眠の日々のために、眼の芯の痛みを感じている。
舗装された道は乾き、周囲に人の姿はない。走り去る車の姿さえ・・・古いマンションがひとつだけ見える。
なぜかパステルカラーに塗られている。むらさきを帯びた明るい青・・・放置されたように駐車された車の屋根を、真夏の陽射しが焼いている。


東京近郊のK市。森が多い、と聞いていた。そして病院とサナトリウムも・・・

Rは きのう祖父から送られてきた地図に目を落とす。画用紙に道は簡潔な線で書かれ、なのに林や森のある場所は水彩でその眺めが描かれている。木立のひとつひとつまで、不思議なほど詳細に。

それが祖父の記憶によるものだとすれば、何年前の記憶だろうか・・・もしかすると、何十年も前の祖父の青春のころの・・・終戦直後?
だから、地図として役に立つかはかなりあやしいかもしれない。けれど祖父の手になるその、むしろ絵のような地図を見つめて彼女はほほえんでいた。

その絵地図によると、右手に見える森に向かい歩けばよいらしいのだが・・・。
Rは足をとめ、いま眼にしている風景と、祖父の地図を見比べる


祖父の絵が不思議なほど似すぎている。
とくに森や雑木林はその姿をまったく変えていないように見えている。数十年の時の流れを感じさせないほど・・・
それがむしろ不安ですらあるまでに・・・

真昼に近い陽射しが、腕を灼きはじめているのを感じRは、西に見えている森に向かい 歩きはじめた。



両側の木々はケヤキだろうか。森、というよりも林のように風通しのいい感じなのに、遠くまでは見通すことはできない。
左の茂った生垣の奥に、人家の屋根が見えた。暗い緑色の屋根が、木洩れ日を白く反射して・・・廃屋のようにRには思えた。

いま、Rのバッグの中にある紹介状は、祖父の友人の医師によるものだった。おとといの午後、Rの訪れたその診療所で、続く不眠を訴えた彼女に
「ぼくは睡眠薬を・・・たとえ誘眠剤と呼ばれる軽いものであっても、使うことにあまり感心はしないのです」
と、その医師はいった。
「意外な影響が出ることがあって・・・とくにベンゾジアゼビン系の新薬は・・・」
「・・・・」
「すこし時間がかかってもよいのなら、古くからの友人で、安全な療法を確立している先生が・・・ご紹介しましょうか」
と、その老医師はいった

「・・それに、ひろびろして、とてもよいところですよ・・・」その紹介状を書きながら、「駅からちょっと歩かなくてはなりませんが、まあ、散歩もかねて・・・」医師は彼女に静かに笑いかけた。

たしかに、都心からそれほどの距離ではないはずなのに、その場所はひっそりと静かだった。すこし、寂しいくらいに。
木陰を続く道に、走り抜ける車はまれで、歩く人の姿もない。いま、中学生くらいの制服の少女たちが、自転車でRのかたわらを通り過ぎていった。
「夏休み・・・」
Rは、自身の昔の夏休みのことを思い出そうとして、それを遠くする。
竹藪が見えた。
Rは立ち止まり、祖父の地図を眺める。
この竹藪も、祖父の地図には律儀に描かれていた。Rはすこしほほえむ。もう、あまり遠くはない・・・


けれどやはり、すこしひろびろしすぎていたかもしれない。Rは森の中で道に迷った。サナトリウムのなかを通り、近道をしようとおもったのだ。でも、たぶんそのために迷ったらしい

思い出せば、迷いそうな道も幾つもあった。
去年の落ち葉さえまだ積もり・・・・ずっと奥までつづいて・・・散歩者の道としては最適かもしれなかったけれど

Rは祖父の地図を出して再び眺めた。緑の木洩れ日がその上で揺れ、すこし眩しい。
もう Rには自分の位地がわからなくなっていた


自転車の、まだ若い女性が道の向こうから来たとき、Rはほっとした。

道を尋ねたRに、その女性は黙って左に続く道の奥を指し示し、微笑んだ。


やがて、あるいてゆくRは、ちいさな白い病院を見た。低い生垣に囲まれた庭の、芝生の緑が明るい

Rは中に入っていった。
白衣の看護婦がひとり、玄関に水を撒いている
Rはたずねた
「ここがS診療所でしょうか?」

「・・・そこはここではなくて。間違えるひと、多いんですけどね」と看護婦は笑った。「ほら、そこに小道が見えるでしょう」

気がつけば、そこは道に違いなかった。

「その先をゆくとS診療所にでます。大正の頃に建てられた洋館です。素敵な建物ですよ」
「・・・・」
いまはおばあちゃんのT先生がいるでしょう」
「・・・・」
「今朝、自転車で走って行かれましたから」



・・・・・・ありがとうございます
と言って、林の中の道に向かおうとしたRに、その看護婦はふと思い出したように
「あなたもしかしてT先生のお孫さん?」
とたずねた。
「・・・いえ」
「ごめんなさいね。でも話し方の感じや笑顔がT先生にそっくりなんですもの・・・・ご親戚?」
「いえ、ちがいます」とRは笑った。
「ほんとうに?絶対そうだと思ったんだけどなあ・・・」と、その看護婦はいった。


道は下り坂になっていた。浅い谷間のような。ここは秋になれば、落ち葉で埋まるだろう。道は上りに変わり、木々の間からその洋館は見えた。

Rは立ち止まった。

空を覆う雲にぽっかりとあいた穴からひろがる青空に似た、奇妙な明るさ、そんな光がそのカスタードイエローの洋館を包んでいる。明るく、そしてひっそりと静かだった。

ひとの気配はどこにも感じられなかった

Rはその洋館にあゆみより、周囲を眺めた。庭の芝生が水に濡れて光っている。雨の通りすぎたあとのように。Rは洋館を見上げた。白い窓枠。開け放たれた窓から、紗のカーテンが風にひるがえり・・・・風が、奇妙な感じだった。
つねに向きが変わって・・・Rの周囲を戯れてでもいるように。



入り口のドアは開かれていた。暗い小豆色に塗られた分厚い木の枠。そのドアの大きなガラスが、庭の明るい緑を映している。真鍮のドアの取っ手は、年月のためか複雑な模様を浮かび上がらせ、鈍く光っている

見回しても、インターホンも、呼び鈴も、ドアノッカーも見あたらなかった

・・・・・・家を間違えたのかもしれない
Rがそんなことを思ったとき

「はいっていらっしゃいよー」
という明るい声が家の奥から聞こえた

長く続く暗い廊下は、奥の部屋に射し込む陽射しを映し、水のように白く光っている。Rは自分の靴の音に耳を傾けていた。
つかのま、眠りに傾いたように感じ・・・・


部屋は明るかった。窓から風がやわらかに吹き込んでいる。そこに立つ女性・・・・年齢は七十歳を超えているだろうか・・・ガラスのうつわのオレンジ色の百合をととのえていたが、その表情は逆光でよく見えない。

「うん こんなものかな」
女性は笑顔になったようだった。

Rは、あらためてその部屋を眺める。壁は白にちかい早緑。射し込む光が壁に反射しあい、部屋のなかに明るく満ちて、陰翳を希薄にしている。

「さて・・・と。Rさんね。そのソファーにおかけになって」
その女性はよく磨かれた木製の机にハサミを置き、Rを見つめた。「もうすこしよく お顔をみせて」

その女性はほほえみをうかべ、つぶやくように
・・・・・・・・そうね、そうだったわ
と、いった。

Rと同じソファーに、その女性は腰をおろした。
「よく眠れない、ということでしたけど」
「はい」
「夢は、見る?」
「・・・・」
Rは黙って頷いた
「長い夢?短い夢?」
「短いです。たまにしか見ないのですけど」
「脈絡のない断片?」
「ええ」
「空を飛ぶ夢は見る?」
「最近は、あまり・・・・」
「あれは素敵な夢よね。ひとつの体験だわ・・・・草の斜面を うえにうえにあがってゆく」
「・・・・・」
「でも、ほんとうに疲れているときには見られない夢・・・・あなたが疲れているとしたら、それは未来への不安・・・かな?」
女性はRに笑顔をむけた

「・・・・それもあると思います」
「でもね、悩むな、といっても無理だけど、意外に大丈夫なものなの。わたしは長く生きてきたからそのことを知っている。いまのあなたよりもずっと・・・・でも、眠れないのはつらいわよね。時間が無意味に長く感じられるもの」
「・・・・・」
「お薬も、出そうと思えばだせるけど・・・・うーーん。どうしようかなあ」
その女性は軽く首を傾けている。

やがてRのほうに顔を向けた

「サンドマン・・・・て、ご存じ?欧州の伝説では、子供たちを眠りに誘う妖精のことだけど・・・・」
「・・・・」
「そんな人たちがいるの。声を聴いてるだけで眠くなってくるような・・・・」

Rの視野に、さざめく光がある。窓の外に。それは赤い煉瓦で囲まれたちいさな池だった。周囲にはつややかな濃い緑色の草が、その葉先を揺らし・・・・

女性は話を続けた
「そのひと セラピスト・・・と、いったらよいのかしら。あなたをやすらかな眠りに誘ってくれる」
その高齢の小柄な女医は、紙に鉛筆で何かを書き留めながらいった「おとこのひとだけど・・・嫌?」
「・・・・」
Rはためらい沈黙した
「嫌だったらいつでも言って。ほかの方法を考えるから・・・でもあなたのしてるような心配は、たぶんないわ」


「眠れなくなりそうだったら・・・真夜中でも眠れなかったら・・・ここに電話して。いつでも平気だから」
女医はRに紙片を手渡した
「驚くほど、すぐに来てくれますよ」


「あ・・・それから」
背後からの女性の声にRは振り向いた
「あなたの未来に、悩むほどのことはなにもないわ。すべてのことが時期が来ればわかる」
「・・・・・」
「これはわたしの予言のようなもの。がんばってね」
と、その女性は笑顔になった。

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  1. 2007/10/16(火) 03:20:24|
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