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あやしく意味不明のダークファンタジー&SF。 一応健全(?)

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つかのまの死

「Short Death」

20世紀の初頭に、真昼の眠りを「短い死」と名付けたアメリカの詩人がいて…彼は額に警官の放った銃の流れ弾をうけて死んだ

…街から影が消えた…ように思えたこどもの日の真昼を、Sはいまも覚えている。あの夏の日、Sのアパートのあったウエスタンアヴニューを、Sはドラッグストアまで歩いていた。真夏…乾いた真空のような暑さの記憶。汗は流れたのだろうか。
…たぶん流れたのだろう。水のように淡く流れる汗が、少年の頃のSの細いあごのさきから落ち、乾いた舗道に染みとなって
 その少年の日から長い年月が過ぎて、いま、ダイナーの窓際に座り、午後のブレックファーストを前にしている。スクランブルされた3つの卵。焦げて皿に脂をしたたらせているベーコン。山盛りのフライドポテト…そしてレタスだけのサラダ。ドレッシングは瓶のまま3種類が置かれていた。ライ麦のマフィン。バターとマーマレード…なみなみとつがれたコーヒー。客はSの他には、壁に凭れるようにして薄い雑誌に目を落としている老人がひとり。Sは壁の時計に視線を向ける。午後1時が近い。

あの夏、Sはあの薄暗いドラッグストアで、イチゴのアイスクリームを注文した。暗い赤、舌に残る酸味…それをドラッグストアの主人は、人工の着色や香料ではなく、本物のジャムを使っているからだ…と説明して、そのまるまるとした胸をそらせた…その日、その店の薄暗がり、人の表情がよく見えないほどの奥に、痩せてはいたが肩幅の広い大男が座り、黙ってコーヒーを手にしていた。
「…ほら」
少年のSの前に、イチゴのアイスクリームが置かれた。
そのとき、表の通りで悲鳴が上がった。女性の…Sも、店の主人も、奥にいた客も外にとびだした。
30歳前後の女性が、空を指さして何かを叫んでいた。通りの向こうの5階のビルの屋上の南のフェンスの外に、若い男が立っていた。

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車が次々に停止し、出てきた灰色の上着の男、白髪の夫人、そしてローマンカラーの神父が、そのビルの屋上を見あげた。
ひどくあっけなく、若い男の体は後ろに傾き、落ちはじめた。長くひく細い女性の叫びが、遠いものに聞こえていた。その若い男は両腕を翼のように拡げ、その両腕と体のあいだの空気が歪んで、光を帯びたように見えた。

響きのようなものが、少年のSのスニーカーの足の裏に伝わった。舗道から、乾いた土埃のような、しかし赤いなにかがひろがり、風に流れた。女性の悲鳴は途絶え、静寂が来た。神父が道を横切って走り、やがてあおむけに横たわっている男のかたわらに膝をつき、胸から引き出した十字架が、鈍い金属光を反射した。
好奇心のために、道の向こうに歩こうとしたSを、ドラッグストアにいた大男の、意外に柔らかな手が止めた。
「……」男は黙って首を横に振った。
Sは男とともにドラッグストアにもどった。主人はさきに戻っていて、すこし青ざめた顔でグラスを布で磨いていた。
男は「コーヒーをもうひとつ…」と落ち着いた声で言い、主人は黙って肯いた。そしてSの顔を見て何かを言いかけたあと、黙ってしまった。少年のSのまえには、苺のアイスクリームがあった。すこし溶けかけて、表面が光っていた。Sは、すこし迷ったあと、スプーンを手に食べることにした。舌が、苺の種の細かな粒を感じたことを、Sはいまになっても鮮やかに思い出す。

ダイナーの壁の時計は、午後一時をちょうど五分過ぎていた。店からも物音が途絶え、カウンターの奥のキッチンに立っていた太ったコックが白い帽子をとり、崩れるように、椅子に腰をおろした。ウエイトレスも、ステンレスのまるいトレイを手にしたまま、客用の席に腰をおろし、物憂げに頬杖をついて、通りの向こうに眠たげな視線を向けた。

Sは思い出していた。あの少年の日、ドラッグストアの奥にいた大男が、詩人だったとかで、ドラッグストアの主人がその男の詩と称するものを聞かせてくれたことがある。ほとんどをSは忘れてしまったが、たしか「…眠りをともにするものは、死をも、ともにするのだ」という一節があったような…
いまとなってはどうでもよいことだった。

Sは、自分の体の心臓のすこし下に掌をあてる。微かな、しかし確かな鈍い痛み。そこに育ちつつある死の棘。Sは苦笑する。
Sの苦笑は、夜通し車を走らせて、少年の頃いたあの街に戻ろうとしている自分自身に向けられたものだったが…
帰郷…のつもりなのか。両親は死に絶え、友人もそこにはいない。街並みもすっかり変わってしまっている…
なのに…すべてが変わってしまったこと…戻るべき場所がもうないことを確認するために、そこに戻るというのか。
不意に、強い眠気をSは感じている
…3時間まえに飲んだ痛み止めが、今頃になって効いてきたのか と思いながら、Sは目を閉じた

ダイナーの店内。すべての人間がそのとき眠った。29才のウエイトレスも、太ったコックも、すこし苦しげに首をうなだれて額に汗を光らせて…そしてSも…老人の手からかわいた音をたたて雑誌が落ちたのを、だれも気がつかなかった

エアコンがかすかにうなり、そこから吹き出す風に、人工の観葉植物の緑がゆれている。どこかで、ラジオのひび割れた音がする

彼らの眠りは続いた

外の道の陽炎の中を、車が2台走りすぎたあと、ウエイトレスの手を離れた円いステンレスのトレイが転がり、烈しい音をたてるまで…

皆は目覚めた。ただ、壁際にいた老人だけが目覚めなかった。そして、その老人が自分たちより長い…終わりのない眠りについたことに、ウエイトレスが気づいて息を呑むまで、あと27分が必要だった。


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  1. 2006/01/20(金) 20:43:44|
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