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あやしく意味不明のダークファンタジー&SF。 一応健全(?)

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浮揚

浮揚 

dask



時計を見た。1時32分…午後の。すこし足をとめて、周囲を眺めた。陽射しの角度が、冬のように低く思われて。
郊外の、どこか寂れた駅を出てしばらく歩くと、そこは川沿いの野原になる。夏草が眺めのあちこちを覆い、遠くまばらな雑木林。人家は、それぞれが離れて立っていて、どこか小さく、そして古く見えていた。
深い草叢に夾まれた川の幅はさほどでもない。向こう岸の風景は近く見えている…その対岸の草叢のなかから。黒い柱のようなものが立ち上がっている。あちこちに、何本も…そして崩れかけた煉瓦の壁…煉瓦に残る黒い炎と煙のあと。

そこは廃墟だった…ひとつの住宅街の。そこを火災の過ぎたあとの。

かつて生活がいとなまれた住宅街、そのすべてをいまは夏草が覆いつくそうとしていた。ここはかつて郊外の住宅地だったのか。Tの記憶は崩れるように揺らぐ。
いま降りてきた駅の方向をふりむくと、そこにまだ見えている幾つかの建物も、烈しい炎が舐めて、黒と赤、そして黄褐色をまじえた奇妙な色に変色しているようだ。

だとすれば、一面の大火災だったのだろうか…ひとつの地方都市全体を覆うほどの。
そしてそれはいつのことだろう。その大火のことが報道されたのだろうか。すくなくとも、その報道に接した記憶はTにはない。
いまふたたび歩きはじめた道は、乾いた土の道だった。草叢をゆらし、対岸から渡ってくる風に、なにかの焼け焦げた臭いを微かにでも期待していたかもしれない。あるいはそこに、人の髪の燃えたようなにおいを。
草が匂うばかりだった。そして乾いた土の匂い。それだけだった。廃墟とそれを過ぎていった厄災の痕跡もなく、その匂いは水の匂いをふくむ清々しさで、かすかに花の匂いすらまじえてさえいる。それは負の期待に傾いていた安易な想像への拒絶、あるいは無言の嘲笑にも思えた。

再び歩き続けていた。すこしづつ足の運びがはやくなってゆく。背後に遠ざかってゆく街の背景として、壁のように立ち上がる灰紫の一様の光を帯びた空を、振り返ることないままに確かなものとして感じ続けながら。

家を見た。冬に似た低い角度の光の、その逆光めいた光の中に、黒く古びた影として。
そこだった。Tの歩いてゆくさきの場所は。ずっと、晩秋の、枯れ草色の荻薄のなか、そこに歩いてゆくことを想像していた家。
いまは、低い光に黄金を帯びながら、夏の重いほどの緑のなかにその家は一軒だけ、そこに立っている。開いている窓。白い漆喰の壁。銀砂色に、鈍く光る瓦屋根。昭和初期の郊外に見られた典型的な日本建築…それに感じているのは懐かしさではない。Tは、いちども畳のある家に住んだことはないのだから…懐かしさではなく、むしろそのような家屋から放たれている復讐に似た違和…

時計を見た。1時54分。夕暮れという時間ではない。でも、真昼でもない。
格子戸をくぐり、庭の奥の石の手水鉢が底まで乾き尽くしているのを眺め、庭の小さな櫻の葉に、多くの黄葉が混じっているのをしばらく見つめたあと、Tは思い出したように玄関の硝子戸を横に引いた。硝子戸は、下に挟まる乾いた小さな小石を感じさせながら開いた。

磨かれた靴脱ぎ石に倒れ込むように座ると、腕が水のように重かった。ようやく黒い革の靴を脱ぎおえ、それを左にそろえてならべ、静かに、ひざの埃を払った。廊下の奥から差し込む光が、その埃を金色に輝かせるさまを、Tはなかば放心して眺めている。そして、いまさらのように…ひどく疲れていること、に気づいてもいる。

水のように黒くつややかに磨かれた廊下を、二歩、奥に歩いたあと、Tはその廊下のなめらかな表面を懐かしむように右手をつき、それを支点にして転がるように横になった。そして、すこし笑顔になりながら両手両足をいっぱいにのばす。
廊下は冷えていた。やはり水のように。それは予想とは違わなかった。
Tは、意識してゆっくり目を閉じてゆく。
そして、やはり…奥から足音が近づいてくる。やわらかで静かな、女の跫音…そのあしうらの柔らかな肉を感じさせる。そしてかすかに、衣擦れの音がする。和服を着ているとは思えなかったが。むしろ少女のような夏のワンピースを…そしていま感じている極くかすかな戦慄が、Tの生まれてなどいない昭和初期のその夏の日から来ているのだと、意味もなく感じながら。

そのやわらかくかすかなあしおとは、Tの近くでとまった。
女は笑っているのだろう。とても可笑しそうに。その笑い声は聞こえなくとも。
そして、Tは目を閉じたまま、自分の額に置かれる女の冷たい掌を待っていた。

けれども、女は開け放たれた窓に歩き、その桟にそっとそのからだの重さをのせたらしい。Tは目を開いた。低い午後の光に照らされて、微笑んでいる女の横顔が明るく輝いている。Tは、視線を空に向けた。雲が、淡く繊いきぬのようにひろがり、かすかな茜を帯びはじめている。Tは時計を首を動かさないまま顔の上に運んだ。2時11分…まだこんな時間か。

そのとき、浮遊感が来た。かすかな、そしてゆったりとした傾きとして。
いま家全体が浮かんでゆくのだった。どこまでも…あの夕暮れの空たかく…
廊下の空気が揺れる。空が近くなる、さらに、どこまでも…続く浮遊感のなか、Tはふたたび目を閉じようとする。もう、見ることに耐えられなくなったものから目をそらすように…

女が、細く透明な声で歌い始める。Tも少年のころ聞いたことがあるのかもしれない、暗い海をもつ北の島の古歌を…








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  1. 2006/01/23(月) 11:20:42|
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