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あやしく意味不明のダークファンタジー&SF。 一応健全(?)

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居士

             居士

  (日本には、居士、とよばれる世俗の僧侶がいる。彼らはしばしば道徳的ではあるが魔術師的存在と思われている…ある宣教師の日記より)

かつては流れる川の一部だった、というのは本当のことなのかもしれない。駅から階段をすこし登って、再び降りたところにある窪地になった公園には、逆さにUの字に湾曲した意外に大きな池があった。借りられるボートは3艘。水は意外なほど澄み、水深もかなりあった。江戸時代には底なし…の噂があったという。

Rは、休日、ほとんど誰もいないその公園に出かけて、ボートを借り、本を読むことにしている。春の初め、まだ肌寒い頃、Rは深く眠ってしまい気がついたときには夕暮れていたことがあった…




それから3年。ある晩春、Rはその公園にでかけてボートを借りようと駅を降りた。その日、初夏を通り越して夏を思わせる一日だったのに、なぜかRは風邪気味で、薬をすこし飲んでいた。
階段を登ったとたん、Rはその池の水面がずいぶん上まできていることに驚いた。ほとんど湖…といってよいほどに水は拡がっている。でも、Rはボートを借りて、すこし沖に漕ぎだした。

RはKというひとのことを短く思い出し、そして忘れた。そして彼女は本を閉じ、仰向けになって空を見あげた。晴れた空が、すこし曇りはじめているのだろうか。そうではなかった。春の靄…というには濃すぎる霧が、いつのまにかひろがりはじめている。風もなくあたたかな真昼近く…霧はさらに濃くなってゆく。風はまったく途絶え、みなもはひどくゆるやかに揺らぐ鏡のようになっている。
静寂…Rは指先を水に浸してみる。かすかな水紋が同心円状に、ゆっくりと拡がってゆく。そのとき、幽かに古めかしい管弦の音が、子供の声のざわめきとともに近づいてきた。小さな和船…飾り立てた小舟が近づいてくる…ちいさな宮人たちをのせて、衣冠束帯の、十二単の、人形のように奇妙に無表情のまま、Rをみつめて…Rのボートのまわりをゆっくりめぐりはじめた…どこか穏やかな悪夢のように
そのとき、水音がした。そして、おおきな鯉のようなさかながゆったりとひれをふるいながら近づいてくる。
そのとき、芳しさとともに榊の葉が水面に降りはじめて…奇妙な宮人たちはいつのまにか白い紙人形にかわっていた。そして霧は雪に凝り、音もなくみなもに落ちはじめ…そのおおきな鯉に似たさかなはRのボートに這い上がって、神主装束の人の姿をかえた。
Kだった。
Kは笑顔をRにむけたあと、水竿をつかって、静かに岸にむかいはじめた。Kは歌を歌い始める。どこか隆達節に似て、さらにゆっくりとした…長閑な調子で

…渭水の水のひとたび澄まば澄みゆかば、わが衣手を洗うべく春風や、春風や…柳絮をほのに舞わしめん。つれなきはひとの心や…されどされども、添うことの、かくうれしきや…みちのべに、春霞たち、かぐわしき、春の風かは…寂しきは、風折れもなく、靡きをる、われのこころや…川やなぎ…知るらめや、いましるらめや草舟の、浮かぶともなく流れ出て、ながるる末の身の果ての、果ても知らなく隠くの初瀬の川の川やなぎ、途絶えせぬ、なお途絶えせぬわれの思いや、ゆく水の、うつせる葉陰、紗緑の、靡きおるらん…いま靡くらん、風のしおりに…風のしおりに…

RとKをのせたボートは、不思議に冷たくはない雪のなかを、上へ上へと登ってゆくようだった。

Kの歌は続いている。ボートは雲の上に出ようとしているのかもしれなかった

風のしおりに…天離る、風の通い路閉じもせず、雲居にはるか、道野辺の、わかばの頃や旅枕、邯鄲の夢、一睡の、甑の霧の絶えぬまに、羽衣の袖うちふりてわかれなば、天路にかよう鳥の舟、天津鳥船うちのりて、ともにせんとや通うらん…いま通うらん春霞、いまふたたびの花の香に、花か雪かの隔てなき、五蘊の空に遊ぶらん…五蘊の空に遊ぶらん…



pond

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  1. 2006/02/01(水) 17:03:37|
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